素人は戦略を語り、プロは兵站を語る
File:Xiao he.jpg - Wikimedia Commons
紀元前202年、古代中国。
漢の初代皇帝・劉邦は項羽を破り、天下統一を成し遂げた。
戦いを終え、劉邦は一番の戦功を挙げた家臣を考えた。
選ばれたのは、名だたる武将ではなく蕭何(しょうか)という事務方の役人だった。
蕭何は文官だ。戦場には出ず、安全な後方から食料や兵士を送る役目を担っていた。
戦場で命がけで闘った武将は不満を抱いた。
蕭何は手に武器ではなく文書を持つだけで、戦に加わっていないではないか、と。
しかし、劉邦は狩猟のたとえを持ち出し、言った。
「そもそも猟をする時、兎や鹿を追いかけて殺すのは猟犬の役目だ。
しかし持っている綱を解き放ち、猟犬に獲物の場所を知らせるのは人間だ。
今、君たちは逃げる獲物を追いかけただけで、功は猟犬の功に過ぎない。
しかし蕭何は我々に行くべき方向を知らせ、功は人間の功だと言える。
しかも蕭何の一族数十人がワシに付き従ってくれた。この功を忘れることはできぬ。
君たちは、たった一人でワシに付き従っただけじゃないか。
この蕭何の功績、知らぬとは言わせぬぞ。」
蕭何は「食料や兵士を送る」こと、つまり兵站を滞りなく行い続けた。
とても優秀な事務方だった。彼がいなければ天下統一はできなかった。劉邦はそれを分かっていた。
世界は裏方が動かしている。
そして、兵站の重要性を現代で体現しているのが『SHIROBAKO』の宮森あおいだ。
ちょっと何言ってるのか分からない
このエントリはSHIROBAKO Advent Calendar 2019の参加記事です。
何を言ってるのか分からないと思うし、私も古代中国とアニメ業界はあんまり関係ないと思いながら書いている。
私とSHIROBAKO
私は今年に入ってiPad miniを買い、dアニメストアを契約した(これで人生が変わった話はそのうちしたい)。
そして、SHIROBAKOを前半クールは2ヶ月かけて、後半クールは4日間で一気に観た。
確かに最初は入り込みづらい(おっさんが多くてちょっと見づらいと思っててごめん)けど、ストーリーが「乗ってくる」と一気に引き込まれた。
特に、23話で新人声優の坂木しずかがアフレコで言ったセリフでちょっと泣いた。
おっさんばっかりじゃないか!とか言ってごめん。
なぜ主人公はみゃーもりなのか
しかし、見終えてからふと疑問に思った。
なぜ主人公はアニメーターではなく制作進行なのか?
例えば、今年の朝ドラ『なつぞら』は主人公がアニメーターだった。
アニメ業界で知っている職種といえばアニメーターくらいしか思いつかなかった。監督すらも「アニメの監督って何するの?」って内心抱いていた。SHIROBAKO見る前まではね。
制作進行も何をするのか分からなかったし、地味ではある。
「いろんな工程の人と会うからキャラを多く出しやすい、流れ上」といえばそれまでだけど、展開も脚本で補えないわけではない。
なぜ、アニメ業界を描くアニメの主人公がアニメを描かない宮森なのか?
それは、宮森が世界を動かす裏方であり、制作進行は兵站だからだ。
この進行表が全部埋まって4話が完成したら吉祥寺のペッカードーナツ一気食いするんだ!
宮森はアニメを描かないが、アニメの原画を運んでいる。在宅の原画マンから会社へ。
また、彼女は制作のスケジュールを調整したり、必要な資料を確保したり、いなくなった原画マンの代理を探し回ったりもしている。
彼女の仕事、制作進行こそがアニメ制作の兵站ではないか。
彼女の仕事は目立つ仕事ではないが、アニメを作る人たちに作るために必要なモノやヒトを供給している。戦争で食料や兵士を供給する仕事と何ら変わりない。
そして、原画やCG、背景……といったそれぞれ個々に仕事をしている人たちの状況を全て把握し、作品全体を見渡しながら作業している。
全体を俯瞰しているのは、監督やデスクを除いてヒラの社員では制作進行くらいだ。
冒頭で出した劉邦の言葉を借りれば、アニメーターは猟犬であり、制作進行は「猟犬」を動かす「人間」といえる。
※もちろん、だからといって作画の地位が下というわけではない。むしろ作画がないとアニメできないし。
蕭何は一族を引き連れて戦いに参加したが、宮森あおいは深夜アニメを描く人を本気で探した挙げ句、エヴァを描いた人(がモデルの人物)を引きずり出そうとしたり、伝説のアニメーターに萌え絵を描かせちゃったりしている。行動力ハンパない。
そろそろ少し高いところから遠くを見るときが来たんだよ
もちろん、武蔵野アニメーションの兵站を支えるのは他の制作進行や裏方も同じ。
矢野さんはニコニコ笑ってたけでスケジュールを進められる。タローは前半こそヘイトを集めたが、彼がいなかったら平岡は辞め、アニメに対する情熱を失っていた。ムードメーカー。
平岡はなんやかんや人脈を生かしていたし、新人の2人も成長している。
そして何より忘れてはならないのは、丸川社長と総務の興津さんの存在。
丸川社長は若いころから活躍しながらも、そんなことはおくびにも出さず、社長として殺伐とした現場にから揚げを供給している。
これまんま戦場に食糧を供給する人じゃん。カネ……ではなく夜食は出すが口は出さないリーダー。理想の上司じゃん。
興津さんは……とにかく本編とこの記事を見てくれ。
「総務は会社の要」というのがよく分かる。
みゃーもりはアメとムチ、持ってるよね。それは誰もが持ってる訳じゃない
こうして、みゃーもりの主人公力は証明された。
制作進行は兵站であり、宮森こそが主人公だ。
そしてこれは、この社会にもいえる。
日々、有象無象の人々に頭を下げ、日夜車で爆走し、手帳とにらめっこする人が社会を動かしている。
一方、事務の仕事は「自分でもできそう」として人気が高いが、
SHIROBAKOで分かる通り、絶対に誰でもできない。
事務ができる人は、実はとてつもなく希少で有能なのだ。
宮森のような(決してスポットライトが当たることはないが優秀な)たくさんの裏方が世界を動かしている。私はそれをSHIROBAKOから学んだ。
そして、私は『シン・ゴジラ』の感想の中でも、次の言葉が印象に残っている。
シン/ゴジラの中で、私が一番感心したのは対策室が作られる場面で、 何十台というコピー機が用意されていくカットだ。複写された作られた書類が情報を載せて組織の隅々まで運んでいく。書類は赤血球で情報は酸素だ。コピー機は企画立案、補給と兵站。すべてを支える事務方の象徴なのだ。
人間は血液の1/3が無くなると死ぬといわれている。
血管は体内の至る所に張り巡らされ、血液中の赤血球は身体の隅々まで栄養や酸素を運ぶ。
ムサニの制作進行は血液、そして、
おいちゃんは赤血球ちゃんだったんだ。
読んでくださりありがとうございました
怪文書をお読みくださりありがとうございました。
やっぱりちょっと何言ってるかよく分からなかった。
私がSHIROBAKOに出会ったのは今年でした。まだまだにわかながら、とても楽しく感動しました。心に残る作品です。
劇場版も楽しみです!
一方で、今年はアニメ会社について悲しいニュースがありました。みゃーもりたちの働く環境も厳しいとききます。
少しずつでも、より良い環境で『神仏混淆七福神』がつくられる未来に近づくことを願っています。